【小説】水色のエンジェルナンバー

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第8章 ー満ちるー /試合終了のブザービート

(一)

結局あの日は泣き疲れてそのまま河原で寝てしまい、案の定風邪をひいた。

失意のまま心ここにあらずの状態だったので、
体と心が強く結びつき重い風邪になってしまう。

最初はこのまま死んでしまえばいいと自暴自棄になっていたが、

親戚のみんなが優しく看病してくれたこともあって、心にあたたかいものが少しずつ溜まっていくようだった。

回復するのに1週間もかかってしまったが、
体調が良くなるにつれて、心も少し回復してきたように思う。

試合の状況はというと、予選を快勝した洛山高校に敵はなく、すでに全国大会決勝戦の切符を手にしていた。

今日は3位決定戦と決勝戦があるが、観に行くか迷う。

洛山高校の応援なんて赤司君の女子ファンがいっぱいいる。
今は同じ高校の人にとてもじゃないけど会えなかった。

観客席の後ろの方で観ていれば、誰にも会わないかもしれない。

半年ではあるけれど、自分が関わったチームなので最後は見届けたかった。
それに、赤司君がバスケをしているのを見られるのはこれが最後だ。

私は決勝の舞台へ赴くことに決めた。

*************************

予選とは違って決勝戦ともなると観客席は満員。
すごい熱気を帯びている。

私は観客席のさらに後ろの誰も居ない通路で、双眼鏡からこっそり試合を見ることにした。

洛山高校の決勝の相手は、誠凜高校という発足二年目のバスケ部で、全国大会の決勝戦にまで登りつめたダークホース。

キセキの世代と言われる青峰君と紫原君がいる高校にも勝利してここまで来ている。
底が知れないチームだった。

これならもしかすると赤司君にも勝てるんじゃないか、と一瞬思ったけれどそんな考えはすぐに捨てた。

赤司君が負けることはない、絶対に。

(二)

第一Qはゆるやかにゲームが進んでいった。

赤司君は第一Qで相手の力量を測り、だんだんとエンジンを入れていく。
そして相手が全力を出し切った所を叩き潰す。

それが赤司君のゲームメイクだった。

洛山と誠凜の点差はまだそれほど離れていない。
ある意味、第二Qが肝と言ってもいい。

ここで離されるようであれば、そこまでだ。

始まる第二Qは洛山の独壇場だった。

誠凜が食らいつくも遠く及ばず、
圧倒的な点差をつけて第二Qは終了する。

その点差はもはや取り返しがつかない程の25点差になっていた。

ここまでくると追い越すのは至難の業。
しかも相手は赤司君だ。
私は諦めていた。

高校生になっても赤司君は勝ち続けてしまうのだろう。

もしも赤司君を止められるチームがあれば、

それは赤司君の光になるんじゃないかと思っていたが、どうやらここまでのようだった。

ところが、第三Qから誠凛が怒涛の追い上げをみせる。

赤司君が少し苛立っているように見えた。

しかし、まだ15点の開きがある。
この点差を縮めるのに果たして、誠凜は時間が足りるだろうか。

赤司君だって何も対策をせずに第四Qを迎えるはずがない…

最後の第四Qは驚くべきことに誠凜が洛山を追い詰めていき、点差が10点までに狭まる。

追われる側のプレッシャーは、
いくら赤司君といえ感じているだろう。

残り少ないプレイ時間に赤司君の苛立ちが見える。

これは、赤司君が追い詰められている?

それは初めて見る光景だった。

第二Qでは諦めてしまっていた私だが、これはもしかすると誠凜が勝利する可能性もあるのではないかと思えてきた。

会場も誠凜コールが激しい。
風向きは完全に誠凜に向いていた。

それからは1秒1秒がとても長く感じるくらいに、私は目の前のプレイに夢中になっていた。

私は祈るような気持ちで誠凜を応援する。

そしてついに、誠凜のエースが赤司君に牙を向く。

しかし、今まで何度も誠凜は赤司君に止められていた。

残す第四Qは赤司君も全力で挑むはず。

お願い!お願い!!誠凛!!頑張って!!

ついに、誠凜のエースがドリブルで赤司君を抜いた!

会場は誠凜の勇姿に湧き上がる!!

と、その時だった。

ビリッと電撃が走るような感覚。

咄嗟に誠凜のそのシュートは入らない気がした。

赤司君はまだ終わっていない。

そこから赤司君は追いつく。

そしてやはり赤司君の牙が誠凜に向く。

あぁ、だめだ。

折られてしまう。

ここまで…か…

その時、不思議なことが起こった。

それはまるで神様の悪戯。

命運を分ける大接戦の中、ちょうどそこにパスが通れば…
という願いを魔法のように叶えそこへ現れた人物がいた。

そう、誠凜のエースは二人いた。

一人はさっき赤司君に牙を向いた光。

そしてもう一人は赤司君を出し抜く影。

会場が割れんばかりの歓声に震える。

赤司君は生まれて初めて負けたのだ。

しかし決勝戦はまだ第四Qの半分のところ、熱気はさらにヒートアップし会場は盛り上がる。

私はあんな赤司君を見ていられなかった。

流麗な動きなんて見る陰もない。
いつものキレはなく、迷うような足取りは子犬のようだった。
シュートもあり得ない近距離で外す。

とても同一人物とは思えない。
初めて敗北した人というのは恐ろしく脆い。

この結果は果たして、正しかったのだろうか。

赤司君を打ち破れば何かが変わるだなんて、幻想だったのではないか。

こんなんだったら…

こんなことになってしまうなら…

変わらない方が良かったのかもしれない。

赤司君への罵声はここまで聞こえる程で、私は胸が締め付けられるようだった。

誠凛との点差がいよいよ3点差に狭まり、たまらず洛山がタイムアウトを取った。

まるで抜け殻のような赤司君をとても見ていられない。

抜け殻…

そこであることに気がつく。

今までの赤司君は本当に赤司君だったのだろうか。

もしかしたら紫原君と対決したあの時から、赤司君の中の別の人が表に出て、前の赤司君は内側にいたのではないだろうか。

それなら!

それなら!!

赤司君!!思い出して!!

ガシャーン!!
という音と共に、私は目の前にあった鉄の柵を握り締める。

双眼鏡は放り出していた。

赤司君!!あの頃の自分を取り戻して!!

自然と握り締める力も強くなり、手が痛くなろうとも気にならなかった。

絶望した時こそ見えてくるものがある。

絶望した時にしか見えないものがある!!

お願い!届いて!!届いて!!!

気づいたら私は叫んでいた。

観客席裏側の誰もいない通路から、私はめいいっぱい叫んでいた。

「赤司君がんばってー!!がんばってー!!」

マネージャーなら隣にいられたのに、あの時から遠く離れてしまった。

こんな…こんな観客席の後ろからなんて、絶対に声は届かないのに。

私はずっとずっと叫んでいた。

タイムアウトから試合が再開された瞬間、私は目を見張った。

奇跡って、本当にあるんだって思った。

赤司君のたった一回のパスは私に全てを伝えた。

私が擦り切れるほど観た赤司君のパスは、仲間を思う心が形となった、赤司君にしかできない究極のパス。

それを私が見間違えるはずがなかった。

病棟で観たその姿は、
マネージャーを目指すきっかけとなった私の救世主。

コートには、出会った時の赤司君がいた。

私は鉄柵にしがみついたままその場に泣き崩れ、
歓声が轟く会場の中で一人声にならない声で泣いた。

ただただ赤司君が戻ってきたことが嬉しくてしょうがなかった。

優しかった頃の赤司君のままだった。

ずっとあの頃のままだった。

程なくしてブザービートが鳴り響き私たちの夏は終わった。

私は試合が終わった後もずっと泣いていて、気がつけば会場は静寂を取り戻していた。