【小説】水色のエンジェルナンバー

【小説】水色のエンジェルナンバー

1章 ー始まりー /洛山高校男子バスケットボール部


(一)

唯我独尊、獅子搏兎、そして、天涯孤独。
いらない物は切り捨てる。
それは人であっても同じこと。

このバスケ部の主将、赤司征十郎にとって勝つこと。
それだけがすべて。

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部活後の体育館に横たわる、
おびただしい数の新入部員と既存部員。

今日は何人いなくなっちゃうのかな。
解散の号令まで立てている部員はほとんどいない。

「今日の練習は以上だ。各自精進するように」

赤司君は屍たちに見向きもせず、
整列する精鋭たちにそう言うと体育館を後にする。

身も心も傷ついた部員たちは震える足で立ち上がるも、疲労で手が痺れ身支度を整えるのもままならない。
マネージャーは部員のサポートをするのが役目だというのに、そんな彼らに私はいつも声をかけられずにいた。

情けなんて嫌だろう。

みなが帰るまで、私は部員たちが横たわっていた戦場を掃除することで罪を清算しようとしていた。

床に散らばる雫や広がる水溜り。
これから自主練をする部員にとっては怪我の元になる。

急いで掃除をするが、いかんせんマネージャーが足りないのだ。

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赤司君は容姿端麗で振舞いも美しく、
入学してすぐに洛山高校の王子様と称された。

校内中の女子が赤司君に恋をして、
どうにかお近づきになりたいとそう思った。
赤司君の所属する男子バスケットボール部には、マネージャーの入部希望者が殺到した。

異例の人数制限が行われ新しく7人のマネージャーが入部する。
高校生活に胸を躍らせているマネージャーたちは、部員とマネージャーの恋なんてあったりして!
と期待していたけれど、部活になると赤司君は変わるのだ。

校内での温厚柔和な赤司君は姿を消し、冷酷非道な赤司君に変わる。

そんな赤司様も素敵!

と言っていたマネージャーも最初だけ。
みんな去ってしまった。
今ではもう私だけしかいない。

私語厳禁の中で行う殺伐とした雑務や、昨年と変わり果てた空気の重さに、3人いた先輩マネージャーも辞めてしまった。

私はようやく全てのモップがけが終わると辺りを見渡す。

部員もみんな無事に帰れたようだ。
あとはもう自主練組みしか残っていない。

私は退部届の入ったクリアファイルを手に取り体育館を後にした。

昼間とは対照的な暗い校舎の中をとぼとぼ歩いていく。
お化け屋敷では一歩も動けなくなる程に恐いのは苦手な私だが、不気味な校舎の恐ろしさは部活動の空気の重さと変わらない。

強くなること、それは義務であり赤司君の中に温かさなど微塵もない。
おどろおどろしい空気の中に居続ければそれが自然となる。
私は暗い校舎にそのまま溶けていくようだった。

たかが紙とは思えない重量感を手に感じながら、生徒会室の扉の前に着く。

肩を回して緊張を解し笑顔を作ってリラックス。
深呼吸をして呼吸と気持ちを整えたら扉をノックする。

中から返事が聞こえ、私はゆっくり扉を開けて入った。

「失礼します。本日の退部届けを持ってきました」

部屋の中は校長室の応接間のようで、重厚な机とふかふかのソファーが置いてある。

私はそれらを避けて、赤司君に退部届が入ったクリアファイルを渡す。

「上野に川上に木村、3名か。まだ多いな」

口減らしのように退部させられる部員と赤司君の間に挟まれて返す言葉が見つからない。

視線を落とすとタイルがぴかぴかしている。

きっと誰かが毎日磨いているんだろう。

ちらりと赤司君を見やると、無言で退部届けを見つめている。
早く退出しろと聴こえてきそうなプレッシャーを感じ、私はくるっと踵を返すと扉までまっしぐらに向かって退出した。

外に出て呼吸を整える。
5分もいなかったのに呼吸は乱れていた。

私を支配しているのは恐ろしさだけじゃない。
どきどきと高鳴る心臓は正直だ。
赤司君は冷酷で無慈悲で、対峙すると背筋が凍りそうな冷たさがある。
それでいて優しくて温情があり、仲間思いだった。

校内中の女子が恋をしたのだから私だって例外じゃない。
私も赤司君に憧れてマネージャーになったうちの一人なのだ。

赤司君に会うたびに冷や汗を流しては心はときめく。
この相反するおぞましい気持ちこそ…

不気味な夜の校舎に、まさしく私はお似合いだった。

(二)

体育館に戻ると数人がまだ自主練を行っている。

ボールの弾む音、体育館に響くバッシュの擦れる音、
私はバスケを観ているのが大好きだ。

新米マネージャーができることなんてないけれど、
なんとなく帰るに帰れない感じがした。

自主練までして頑張っている部員がいるのだから、
私も何かサポートがしたい。

私はクリップボードを倉庫から持ち出すと、鞄から紙とペンを取り出して部員の気になる所をメモしていった。

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あっという間に1時間経ったが、

なんだ…これは…

クリップボードに残るのは役に立つのか分からないメモ書き。
散乱している文字の羅列。
全くもって読みづらい。

すぐに成果が出るものではないけれど、
溜息をつきたくなる程に先が思いやられる出だしだった。

でも、続けていけばきっと何かの役に立つかもしれないよね…と前向きに考え、そろそろ帰ろうかと鞄に手を伸ばした時だった。

「こんな所で何をしているんだ」

聞き覚えのある声で話しかけられた気がした。
鞄に伸ばしかけた手を戻す。

顔を上げて振り返るとそこにいたのは赤司君だった。

「おおおつかれさまです!」

驚きで声が裏返ってしまう。
赤司君は怪訝な表情だ。

「いたずらに残っていても時間の無駄だ。早く帰れ」

この程度のことはいつものことで、もう慣れても良い頃なのに、私の心は繰り返し傷ついていた。

その冷たい眼差しや言葉で、何人もの部員やマネージャーがいなくなってしまったのだ。

私は急いで鞄を抱えると体育館を後にする。

今日の夜空は曇っていた。