【小説】水色のエンジェルナンバー

【小説】水色のエンジェルナンバー

第10章 ー天啓ー /新体制始動開始!

(一)

次の日、私と野崎君は部活前に赤司へ会いに行くことになった。

生徒会室まで突然来てしまったけど、赤司君はいるのだろうか。

「よし、よーし!よーし!!」

野崎君は扉の前で、頬を叩いて気合を入れている。

「野崎君、それ何回目の気合いれ?」

扉の前で何度もそうしているので、私は呆れてしまっていた。

「だだだ、だって、だって、しょうがないじゃん!赤司めっちゃこわいんだもん!!」

野崎君は目をハムスターのようにして震えている。

赤司君が恐いのは私も十分わかるから、心の整理くらい待つけどさ。

それにしても一体いつまでやっているんだろうか…はぁ。

こんなことをしている間に赤司君は…と思っていたら後ろに人の気配がした。

「野崎、神埼、こんな所で何をしているんだ?」

息が一瞬止まるが、後ろから赤司君が来ることもあるかなぁ、なんてちょうど思っていたので、私は叫び声こそあげなかった。

だが、ずっと緊張状態にあった野崎君は、

「きゃあああーー!!!」

女の子みたいな高い悲鳴をあげて、腰を抜かしていた。

「何をやっているんだ、野崎」

そう言った赤司君の声は少し笑っている気がした。

野崎君が腰を抜かしている横で、私は何年振りかの赤司君の笑声に感動で一人震える。

赤司君が野崎君を立たせ、私たちは生徒会室に入った。

さっそくあの公園で話したことを、野崎君が赤司君に話し部活復帰は無事に認められる。

みんなにも話すつもりだったが、あの事件のことはここにいる3人しか知らないとのことなので、部員には伏せることになった。

「それじゃあ、野崎はこのまま部活に出てくれ。神埼はちょっと、話したいことがあるから残ってほしい」

私は野崎君の復帰に頭も胸もいっぱいだった。

「神埼、よくやってくれた。野崎が戻ったおかげで、チームはより良くなる」

赤司君に誉められるなんて、
あの夏の日以来だったのでとても嬉しかった。

頬がほころび笑顔で答える。

「はい!野崎君が戻ってきて、本当に良かったです!!」

やっと心から笑えた気がした。

すると、赤司君は目を細めて、思いもよらないことを言った。

「その笑顔は、なんだか懐かしい気がする」

柔らかな声は魔法となって生徒会室の時を止める。

部屋を満たす西日がヴィンテージのようで、黄昏時が私をあの夏へさらっていった。

心臓が早鐘のように鳴り、震える声で私は赤司君へ問いかける。

「あ、あああの、それは、その、帝光中2年の夏に、

わたしが、マネージャーになったばかりの頃に、赤司君が言っていた、あの、その、言葉だって…おおおぼえていますか?」

恥ずかしくて頭からヤカンが沸騰するようだったが、それでも確認せずにはいられなかった。

「覚えている。一度口にしたことは忘れない」

夏疾風がぶわっと吹いて想い人の髪を揺らしていた。

もこもこ雲と深い青が印象的で、あの日もセミが鳴いてた。

優しく吹いたそよ風は、私の心をくるんで、色とりどりの花吹雪が祝福するように舞う。

春の訪れに花たちは喜び、咲きみだれた彩りの中に私はいるようだった。

赤司君はちゃんと覚えていた。

約束はちゃんと届いていた。

「足はもう大丈夫なのか?」

喜びに震えていたところを、
突然崖から突き落とされるようだった。

傷に触れられ、
温かかった体からサーッと血の気が引いていく。

「あ、赤司君…知ってたの?」

赤司君は静かに頷いた。

突然のことで動揺しただけ、私はもう大丈夫。

ともちんも野崎君も知っていることなんだから、
赤司君が知らないはずはなかったんだと、自分を落ち着かせる。

「今はもう問題なく歩けています。走ることはできないけれど、少しなら走ることもできます」

走れないことはまだチクリとするが、歩くことはできるんだ。

あの時の子供たちのおかげで少しは強くなれた気がする。

「神埼に新しく任せたい仕事があって、念の為聞いておいたが、無用だったようだな。すまない」

野崎君の一件があって、私はすっかりマネージャーに戻れることを忘れていて、唖然としてしまう。

遅れてやってきた喜びは、海の底のような私の最深部にうっすらと光を届けた。

あの薄暗い部屋を仄かにランプが照らすように、この部屋の赤橙がじんわりと私の中を満たしていく。

またバスケに関わっていいということ、

また赤司君と一緒にいられるということ、

私の生きる意味があるということ、

心に納まりきらない気持ちは涙となって零れ落ちた。

「も、もちろんです!!」

輝きに溢れた泣き笑いで私は答える。

「良かった。これでみんな無事に揃うことができた」

赤司君がほっとしたような声で言う。

私もいつの間にか、男子バスケットボール部の一員になっていたんだ。

あの時の怪我から失った仲間というものが、強い光となって私の心を満たしていく。

「それじゃあ神埼も部活へ向かってくれ。オレもこの後すぐに向かう」

笑顔で返事をして、私は部活へ向かう。

赤司君との笑顔の約束。

それはちゃんと、今この瞬間までつながっていた。

もう夕焼け小焼けを歌わなくても大丈夫。

私にもちゃんと帰れる場所ができたから。

(二)

久しぶりの体育館へ行くと、
期待に胸を膨らませて部活見学へ行ったあの頃を思い出す。

あの時はほんの一瞬しか部活見学できなかったけれど、今はバッシュの擦れる音や、みんなの掛け声が、枯れた体に染み込んでいく。

「あ、神崎!体調不良、大丈夫だったか?」

長く部活に来なかったことを、皆には何て言おうか考えていたので、先に声を掛けられて面食らう。

「赤司から、神崎は体調不良で休むって聞いたんだけどよー。夏休みも来ねぇし、やめちまったのかと思ったわ。まぁ元気になって良かったな!」

葉山君がニッと笑う。

その言葉を聞いて、赤司君がフォローしてくれたことが分かった。

たぶん赤司君は野崎君が薬を入れてしまうことも、私が野崎君を庇うことも、そして復帰させることも、全て分かっていたんだろう。

そう考えると恐ろしい主将だが、
私も野崎君も無事に復帰できているで赤司様々だった。

程なくして赤司君も揃い、気持ちを新たに来年の夏の大会に向けて、洛山高校男子バスケット部は始動した。

そして部活が終わり、自主練を始める人や帰る人で各自がバラけ始めた頃、私は呼び止められた。

「神埼、ちょっといいかな?」

突然、声を掛けられてびっくりする。

今まで邪険に扱われるばっかりで、話しかけられるなんて叱られる時だけだったので、これはすっごい進歩だ。

「新しい仕事のことなんだが、神埼には他校へ視察に行ってもらいたい。今週の土曜日に、最近急激に伸びている高校が公開試合をするらしい。

これから好敵手になることも考えて、情報がほしい。他にも幾つか視察に行ってもらいたい所があるから、後でまとめて伝えよう」

やっときました!
私のマネージャーライフ!!と心の中でガッツポーズをした。

その後、赤司君から他校のほしい情報や、見るべきポイント、さらにはデータ整理の方法など、細かく教えてもらいあっという間に21時になっていた。

「長くなってしまったな」

私は頭を振って応じる。
赤司君はつきっきりで、誰かに教えたりしない。

その理由は、一目見ればその人の適性や、心身の状態に至るまで、全てが手に取るように分かってしまうからだった。
時間をかけて教えなくても、一言アドバイスを与えるだけで、人は勝手に伸びていく。
見限るのが早かったり、人と関わる時間が少なくて冷たく映ってしまうのは、天性の才能の代償のようなものでもあった。

そんな赤司君が、こうして時間をかけて教えてくれたことに、私は心から感謝した。

「お時間くださりありがとうございます!!さっそく土曜日行ってきます!」

私はるんるん気分で空を見上げて岐路に着いた。
今日の夜空はぴかぴか星が輝いている。

分かれ道で私は、野崎君のことが気になった。
部活に復帰したけれど、公園練習も復活したのだろうか。

私は野崎君の様子を見に行こうと、公園の方から帰ることにする。

ふと、バスケットゴールがあって通れなかった公園への道を、いつの間にか通れるようになっていることに気づいた。

それは、できなかったことが、できるようになるということ。

私はちゃんと前進している。内から湧き上がるようなエネルギーを感じながら、前に進むっていいな、と思った。

(続きは魔法のiらんどへ…)