第6章 ーアンバランスー /計画だらけ
(一)
私たちの熱き夏が始まる。
全国大会をかけた予選がついに始まるのだ。
目指すはもちろん前代から続く全国大会二連覇。
今日という日の為に地獄のような部活動を乗り越えて、ここまでやってきた。
それでは…いざ出陣!
という時に、私はやらかしてしまった。
いや…やらかしたどころではない。
大変なことになってしまった。
「お前は自分が何をしたかわかっているのか?」
俯いたまま、目をぎゅっとつぶって耐える。
今までの赤司君とは違う恐怖で、足はガクガク震えていた。
「ほんっっとうに申し訳ございません!!」
私はただひたすら謝った。
これ以上ない程に頭を下げて謝罪をする。
「二度言わせるな。僕は理由を聞いている。」
動物の本能に語りかけるような恐ろしい声に、私は竦み上がるものの、震える体を必死で支えて貫き通す。
「いえ!本当です!私は上倉君から辛く当たられ、その腹いせに薬を盛りました!」
「いい加減にしろ、そんなのが理由になるか!」
***********************
事の発端は随分前からあったのだと思う。
私の帰り道には小さな公園があって、その公園には何も遊具がない代わりに、バスケットゴールだけがポツンとあった。
昔のことを思い出してしまいそうで、
私はその公園を通らずに遠回りをしていつも家に帰っていた。
しかし、どうしても家路を急がなければならない時は仕方なしに使うことがあった。
そしてたまたま、
そこでシュート練習をしている野崎君に遭遇したのだ。
「野崎君、こんばんは!」
「お、神埼じゃねぇか!」
バスケの手を止めて、野崎君はこちらに歩み寄ってくる。
誰とでも仲良くなれるような笑顔が眩しい。
「こんなところにバスケットゴールがあるんだね」
夜の公園はとても静かで私たちの声だけが響く。
初夏の夜はまだ涼しくて、体を動かしていないと寒いくらいだ。
「あぁ、体育館が使えるのは21時までだからな。たまにここで練習しているんだ」
月は傾き11時になろうとしていた。
こんな時間まで自主練をしている野崎君を、素直にすごいなぁと思った。
「神埼こそこんな遅くまで何してんだ?」
「わ、わたしはちょっとカフェに寄っていたら遅くなってしまっただけ…」
対して私は何にもすることなく、
こんな時間までふらふらしているのがとても恥ずかしかった。
私は少しでもマネージャーらしくと思って気丈に振舞う。
「オーバーワークなんだから、ちゃんと休養も取らないとだめだよ!」
「そうだな、帰ったらちゃんとケアするよ」
「そうだね!じゃあまた明日!」
そんなやり取りのあと、私は野崎君の手伝いは何かできないかとあの公園の前をよく通るようになった。
たまに練習している、と言っていたのに野崎君は毎日あの公園でドリブルやシュートなど一人でできる練習を続けていた。
野崎君の頑張っている姿を見て、
私は時々差し入れを持っていったりしていた。
野崎君が喜んでくれるのは嬉しかったし、
赤司君から邪魔だと言われ傷心だったのもあって、
マネージャーとして力になれているかなという満たされた感覚があった。
そんな、ちょっと特別な感情ができつつあった頃に、
私は野崎君から頼みごとをされたのだ。
「神崎、明日の全国大会の予選でこのスポドリパウダーを使ってくれないか?」
夜の公園で私は野崎君からスポーツドリンクパウダーを袋ごと受け取った。
銀色の包装が鈍く光る。
「これはいつも使っている物だよね?」
スポーツドリンクやサプリメント、テーピングや包帯など部員をサポートする物に関しては、雑誌やインターネットから随時情報を取り入れていた。
新商品の物なんて特に見落とさないようにしている。
「あ…あぁ。こ、これは、これから発売する商品でパッケージは同じなんだけど中は違うんだ。
知り合いが開発関係の人で、その人からもらったんだよ」
いつもの野崎君らしくない気がした。
「そうなんだ。それじゃあ赤司君に聞いて」
「あ、赤司からはもう許可をもらっている。神埼から明日の予選に景気づけで使ってほしいと言われているんだ…」
多少の違和感があったが、赤司君という言葉を信じてしまう。
用心深い赤司君を考えれば、
スポドリパウダーはまず野崎君から預かって赤司君から私に渡すだろう。
それに普通に考えれば、
私と野崎君が公園で会っていることなんて赤司君は知らない。
しかし、赤司君は普通ではない。
この感覚がミスリードを引き起こしてしまった。
公園で野崎君の練習を手伝っていることなんて、赤司君にはすでに見通されている気がした。
それならこのパウダーの検閲は赤司君によってすでに終わっていて、野崎君が私に直接渡すことも不思議ではない。
加えて体育館での出来事以降、赤司君を怒らせてしまい避けられているかもという私情が横切り、だからこそ野崎君から渡されたのだとも考えてしまった。
そして、野崎君は天真爛漫で嘘なんかつけないという過信もあった。
つまりはいろんな要因が重なって、
私は大事なサインを見落としてしまったのだ。
あの違和感をもっと気にしていれば、
あんなことにはならなかった。
「それでさ…上倉にはこのスポドリパウダーを使ってほしいんだ。
ほら、俺と同じポジションだろ?だからさ…あいつにはほんとに頑張ってほしくて…餞別的な感じで。
ま…それは言わないでほしいんだけどさ…恥ずいじゃん」
恥ずかしがる野崎君はいつもの野崎君のような気がした。
さっきの違和感は気にすることじゃない。
上倉君用にもらったスポドリパウダーのパッケージはみんなの物と違っていたから間違えることはないだろう。
私はみんな用のスポドリパウダーが入った袋に、
上倉君の物も入れてしっかり鞄にしまったのだった。
(二)
そして、大会二連覇を目指す予選試合を迎える。
私は野崎君からもらったスポドリパウダーでみんなのボトルを作った。
上倉君の物は特別な餞別なので、
試合中のインターバルは私がいつも上倉君にボトルを手渡す。
第一予選は難なく勝利をおさめ、次の試合の待機時間に入ると、
上倉君はどうやらお腹の調子が悪くなってしまったのか、よくトレイに行っているようだった。
それから第二予選が始まり、こちらも苦も無く勝利した。
みんながベンチに戻ってくる。
私たちは荷物を持ちコートを後にしようとした時だった。
「どうした!?上倉!!」
「しっかりしろ!!上倉ー!!!」
反響するみんなの叫び声。
部員たちが必死に上倉君に呼びかける。
上倉君は苦しそうに息をするだけで、起き上がる気配は全くなかった。
私は急いで救急車を呼び、上倉君は病院へ運ばれた。
原因は脱水症状による意識低下。
それだけなら良かったのだが、上倉君は意識を失い床に頭を強く打ってしまっていた。
病院に運ばれて無事に意識は取り戻したが、
医者からは1週間の入院を告げられ、さらに2週間の安静を課されてしまう。
その頃にはもう全国大会へ行けても、上倉君が捧げた夏は終わっていた。
その後の第三予選と第四予選も無事に勝利し、
その時は上倉君の代わりに野崎君が試合に出ていた。
上倉君の動揺があったせいか勝利はしたものの試合内容はあまり良くなく赤司君はご立腹の様子。
ミーティングが長引きそうなので、
私は会場外の水場でボトルを洗うことにした。
一人になると上倉君が担架で運ばれていく姿が甦って、気分が悪くなってくる。
あれは私の傷の原因であり元凶。
あれから2年が経った。
ともちんに話して少し心が軽くなった。
それでも完全に消しさることはできない。
水場から戻るとすでにミーティングは終わっていた。
それぞれに帰宅の準備を始めている中、私は野崎君から呼び出される。
空いているロッカールームに入り、どうしたのかな…と思っていると、野崎君は俯いて謝った。
「神埼…急に呼び出してごめん」
野崎君の悲しげな表情が気になったけれど、
何も知らない私は野崎君が試合に出られたことに大喜びした。
「野崎君!試合に出られて良かったね!ずっと毎日練習していたから努力が実って本当に良かったね!!」
ところが、野崎君は私の話なんて聞いていない。
ずっと俯いたままだった。
さすがの私も野崎君の異変に気づく。
野崎君は青白い顔に薄ら笑いを浮かべていた。
「神埼…じつは…あのスポドリパウダーは…」
ニセモノ…
身体活動停止。
相反してフル回転する思考。
やめて…
考えたくない…
前日の公園で様子がおかしかった野崎君。
急に体調が悪くなった上倉君。
私がここに呼ばれている意味。
全てがつながり血の気が引いていった。
「なんで…そんなこと…」
「魔が…差した…」
野崎君は唇をわなわな震わせてしゃべっていた。
「オレがレギュラー落ちした時に、他校の人がくれた。使うつもりはなかった。使うつもりなんてなかった!!
でも、結局オレはレギュラー復帰できなくて…最後の最後に使っちまったんだ…」
ロッカールームの室温が急激に下がったようで寒い。
目の前にいる野崎君がどんどん…どんどん…
遠くなっていくように私の意識は薄れていった。
「神埼!!こんなお願い本当に身勝手だけど、赤司には言わないでくれ!!頼む!!!」
野崎君の焦り声に意識が引っ張られる。
私も何か言わないと…
だけど、立っていることができない。
私は崩れるようにベンチへ座り込んだ。
「野崎君…あの…」
興奮している野崎君には私の声が届かない。
振り絞るような声で、私にとどめの一撃を刺した。
「こんなことが赤司にバレたら、おれはもう…おれはもう…一生バスケができなくなっちまう!!」
ドクンと自分の心臓が聞こえた。
一生バスケができない。
それは言葉の綾だが、
私にとっては見て見ぬ振りのできない言葉だった。
「神埼…おれ…本当に大変なことをしてしまったと思ってる。本当に反省しているんだ。
この償いは絶対、絶対にする。でも今は…今は!!誰にも言わないでほしいんだ!!!」
長身の野崎君がまるで私と同じくらいに小さくなってしまったような気がした。
野崎君のしてしまったことはとても許されることではないけれど、このままバスケができなくなってしまうことは見過ごせなかった。
「野崎君、大丈夫だよ。これは二人だけの秘密にしよう。私は誰にも言わない、赤司君にも」
野崎君と約束をした。
主将である赤司君に言わないなんて同罪だ。
でも、私は言わないことに決めた。
野崎君は何度も私にありがとうありがとうと言って、
顔をくしゃくしゃにしている。
私は大丈夫だからと声をかけて、
震える足でロッカールームを後にした。
頭がガンガン痛くて、とにかく外の空気が吸いたかった。
上倉君の病状。
私がしてしまったこと。
そして何よりバスケができなくなってしまう野崎君のこと。
あぁ、もうダメかも…
私には重すぎるストレスで、
その場にしゃがみ込みそうになった時、
支えてくれたのは今一番会いたくない人だった。
「神崎、大丈夫か?」
一瞬体が触れあい、後ろから肩を支えられる。
肩を掴む綺麗な指は女の私でも嫉妬をしてしまう。
その柔らかい声とふわっと香る匂いですぐに誰だかわかった。
きっとこんなにタイミングが良いことなんてない。
私の肩を支えているその手が恐かった。
「大丈夫です」
そう言って赤司君から距離を取って向き合う。
「顔色がだいぶ悪い。医務室へ行った方が良さそうだ」
心配する赤司君を私は警戒していた。
ここで赤司君と二人きりになるわけにはいかない。
「一時的なものなのですぐに治ります。お気遣いありがとうござ
います」
私は一方的に話しを切って、赤司君に背を向けて歩き出す。
すると、鋭利な何かを突きつけられているかのような緊張感が背中に走る。
「僕の言うことは絶対だ。今すぐ医務室へ行くんだ」
私は目をぎゅっとつぶり…観念した。
赤司君から逃れることなんてできないんだ。
せめて医務室に誰かいてくれればいいと思ったが、
私の期待をよそに医務室には誰もいなかった。
最終試合が私たちの学校だったので、
体育館に残っている者なんてそもそも誰もいなかったのだ。
管理人から手に入れたであろう鍵で医務室の扉を開ける。
私は白いシーツで整えられたベッドの上に座らされた。
赤司君は真向かいの椅子に足を組んで座る。
これでは完全に医者と患者の立ち位置だった。
「お前、上倉のボトルに何をした?」
開口一番に私は面食らう。
やはり赤司君は全て読んでここへ私を連れてきたのだ。
鼓動は早くなっていくが、頭は冷静だった。
「どういうことでしょうか?」
そう答えた瞬間、いくつもの分岐が頭の中に広がる。
ルートを間違えれば野崎君はバスケができなくなってしまう。
赤司君の問診には慎重に答えなければならなかった。
「とぼけるな。ボトルの準備は全てお前がやっているんだ」
私は頭を振る。
赤司君の鋭い眼差しはまるで聴診器でも持っているかのようで、私の鼓動なんて丸聞こえな気がした。
今ここで嘘発見器を使われたら、
一発でバレてしまう程に私の心臓はうるさく鳴っている。
「質問を変えよう。今日だけ上倉にボトルを手渡していたのは何故だ?」
赤司君は追求の手を緩めない。
このままでは針のむしろにされそうだった。
このまま私が知らないフリをするのは無理かもしれない。
私には針を刺せるポイントが多すぎる。
んっ?
針を刺せる…ポイントが多い…
それは…つまり….
そうだ…それしかない…
「それは、私が上倉君のボトルに薬を入れたからです」
「それをしてお前に何の得がある?」
赤司君の切り替えしは早かったが、答えはもう考えついていた。
あってないような、それでいてありそうな、そんな丁度良い理由。
「私は上倉君からイジメられていました」
そこで私はあたかもそうであったかのように俯いた。
「呆れる。そんな話で納得すると思うか、僕を甘くみるな」
イジメなんてバレないで行うものだからこそ、赤司君にも本当のことはわからないはず。
私はこれで通さなければならなかった。
ベッドから降りて赤司君に対峙する。
「いえ、それは本当に…」
「お前は自分が何をしたかわかっているのか?」
胸にメスが入った。
えぐられる傷。
大事に至らなかったとはいえ…
一歩間違えれば私と同じように…
上倉君は一生バスケができなかったかもしれない。
野崎君の悪意があったとはいえ、
実際に体が悪くなるスポーツドリンクを作って飲ませたのは…わたしだ。
知らなかったとはいえ、
私のしてしまったことは大切な大切な試合に上倉君を出られなくさせてしまったこと。
上倉君の頑張りだって…知っていたのに…
そう思ったらぽろぽろ涙が零れてしまった。
医務室中に響く大きな声で、私は上倉君に謝るように謝罪をした。
「ほんっっとうに申し訳ございません!!」
赤司君の声が一段と低くなる。
「二度言わせるな。僕は理由を聞いている」
刃物で刺されるのではないかという程の恐怖だったが、野崎君にバスケを続けて欲しい一心で私は耐えた。
ごめんなさい上倉君。
ごめんなさい赤司君。
「いえ!本当です!!私は上倉君から辛く当たられ、その腹いせに薬を盛りました!!!」
「いい加減にしろそんなのが理由になるか!!」
赤司君の一際大きい声で震え上がり、私は何も言えなくなってしまう。
私は俯き重い沈黙が流れた。
赤司君が椅子から立ち上がる音がする。
コツコツとこちらに歩み寄ってくる。
「神崎、本当にお前がやったんだな?」
私は顔を上げて答える。
「そうです。私がやりました」
世紀の大手術が成功したかのような安堵でいっぱいだった。
ちゃんと野崎君との約束を守れた。
そのことで胸がいっぱいで、この時私は自分がこの後どうなるかなんて全く考えていなかった。
「わかった。お前は男子バスケットボール部のマネージャーから解任する。これは命令だ」
暗い谷底へ突き落とされる。
そこからつながるのは私の知っているあの場所。
お願いそこへ連れて行かないで。
あぁ…いやっ…
いやぁ…やだぁぁ…
私は子供のように泣きじゃくりながら、薄暗い部屋へ引き摺られていった。
「当然だろう。サポートするべき選手に薬を盛り、絶対に勝たなければならない試合に穴を空けた。それとも何か間違いがあるのか?」
これが…最後のチャンスだった。
ここで野崎君のことを話せば、私は助かる。
でも、それじゃあ野崎君は?
このまま話せば、野崎君はバスケができなくなってしまう。
冷たい手が私の心臓を触る。
その手は嘲笑うかのように私の心臓を撫で続ける。
さぁ、どっちにするの?
薄暗い部屋の住人が薄ら笑いを浮かべて問いかける。
自分を選べば、野崎君はバスケができなくなる。
野崎君を選べば、今度は両腕を持ってかれるだろう。
選べない…
こんなの選べるわけがない…
拷問台に乗せられ、冷ややかな鎖が私の両腕を縛り上げる。
あぁ、やっぱりそうなるのか。
私は狂気に歪んでいた。
はは…笑える。
なんだこれ。
これは絶望だ。
涙なんて出るわけがない。
バスケットの神様はどこまで私に期待をさせて突き落とすのか。
プレイヤーとしての夢を諦め、這い上がるようにマネージャーになったけれど、中学は歩くこともままならず、コートに立つことすらできなかった。
高校生になってようやくコートに立てるようになったのに。
なのに!!なのに!!!
全国大会という時に、私のバスケはいつも終わってしまう。
いつもいつもなんで!どうして!!
バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…バスケに…まだ…関わっていたいよ…
心は悲鳴をあげていた。
なんで…なんで…
私からバスケを奪うの…
あの時の闇は消えていなかった。
光の中に一粒だけあって、それが今はじけたんだ。
暗い手が私の心を掴んでいく、
あの時と同じようにその侵食は止まらないと思った。
その時、スッと光が射し込み思い出させてくれた。
『目指すは全国制覇だよ!』
記憶の光の中から、あの日の私の声が聞こえた。
それは私がともちんに贈った言葉。
もうバスケができない私が全国制覇の夢をともちんに託した。それは野崎君に託すことと何が違うのだろう。
私の走れない足と違って、野崎君にはバスケができる足がある。
温かくてきらきらしたものが頬に流れるのを感じた。
わかってる…わかってるから…
そうすべきことは…わかってる…
次へつなげることで私は前に進んだ。
マネージャーにしがみつくのは、私のすべきことじゃない。
そう…あの時とは違う。
何もわからずに奪われた足とは違う。
それでも涙が溢れて止まらなかった。
ずっと泣いていた。
枯れ果てない涙と悲しみの中で、
私はようやく自らの意志で両腕を差し出した。
赤司君は何も言わずに座っている。
私はこの間の体育館の時より、酷い顔をしているだろう。
だってこんなに泣いちゃったんだから。
最後のお別れは笑顔がいい。
赤司君の前ではちゃんと笑顔でって約束した。
笑えるかな。
こんなに涙が出ているのに…笑えるかな。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした」
私は一度頭を下げる。
そして、何度も何度も何度も自分に言い聞かせた。
「おぜわになりまじだ!!」
にっこり笑って、私の両腕は目の前から無くなった。
医務室から出た後、
体育館に悲痛な叫び声が響く。
もう少し…もう少しだけ…我慢していたかったのに。
せめて、体育館から出るまでは我慢していたかったのに。
医務室からでた途端に、悲しい気持ち、泣きたい気持ち、悔しい気持ち、それらは私の思考に反して全然言うことを聞いてくれなかった。
感謝の表情なんてできたのだろうか。
目だって笑えていたのだろうか。
口角はかろうじて上がっていたかもしれない。
でも、震えていた。
そんな笑顔ともいえないような顔、しないほうが良かったのではないか。
私の未練たらたらな叫び声は、
赤司君のいる医務室にだだ漏れだった。
ずっと今まで追っかけてきて、ついにさよならになっちゃった。
もう少し一緒にいたかった…
あと少し一緒にいたかった…
ううん。もっと一緒にいたかった。
もっと…もっと一緒に…
それ以上は心の中に納まらず、外に溢れて止まらない。
鞄もどうやって取りに行ったか覚えていない。
ただひたすらに、人のいない所へ人のいない所へ歩いていった。
夕闇が迫る医務室に取り残された医者は、患者がなぜ本当の事を言わないのかいつまでたってもわからなかった。