第4章 ーあなたの傍にー /嘘の重ね重ね
(一)
体育は嫌いだ。
梅雨に入った時は屋内で見学できるから良かったが、梅雨が明けてしまい日に日に陽射しが強くなる。
肌を焼く太陽が憎らしい。
バスケ部員は陽射しに弱いのだ。
「ゆうちゃんまた体育見学?」
「うーん。今日はちょっと頭痛がしてね」
「大丈夫?熱中症には気をつけてねー!」
「ありがとう、みきちゃんも体育頑張ってね!」
いいなぁ、みんなは体を動かして走って。
私はこんな所にポツンと立って、今日の内容をノートに書いて提出する。
なんて歯がゆい時間なんだ。
私も体育に出たい。
外周をしているみんなを恨めしそうに眺めるのはやめて、ノートを脇に抱えて空を見上げる。
青い青い空が私に手を伸ばしているようだった。
あの時は、赤司君からぐうの音も出ないほどにいろいろ言われて落ち込んだけど、あれからもマネージャーの仕事は頑張っている。
誰に何と言われようとバスケットに関わっていたい。
そう決めていたし最初からそのつもりだった。
ただ、もっと何かをしたかった。
私もチームの役に立ちたい。
何かできることはないだろうか。
私は部活後の夜の時間を持て余していた。
そんなことをぼんやり考えていたら、あっという間に体育の時間が終わってしまう。
ああ、ノートに何にも書けなかった。
勉強は苦手だから走るほうがよっぽどいい。
(二)
放課後になり私は体育のノートと闘っていた。
体育の授業中に全く書けなかったので居残りになってしまったのだ。
青い空を思い出して、そこからみんなが何をしていたか引っ張り出そうとしているが何にも出てこない。
さっき体を動かせなかった鬱憤を部活で晴らそうと、動きたくてウズウズしているのに一向にペンは動かない。
これでは部活が始まってしまう。
発狂したい気持ちを抑えてイライラしていると、隣から突然声をかけられた。
「ゆうまだやってんのかー、もう教室誰もいないじゃん」
ともちんは空いている私の隣の席に座った。
「と、ともちんおどかさないでよ!びっくりしたじゃん!!」
そう言ってともちんを見るといつもと何かが違った。
付き合いはまだ長くないけど毎日一緒にいるんだから、いつもと違うことは何となくわかる。
「ともちんどうしたの?」
「いや、そろそろ夏の大会が始まるなーって。今年こそ全国大会優勝できるかなって思ってた。ゆうのところはどうだろうね。
キセキの世代ってのが各校に散らばっているみたいだから、さすがの赤司も苦戦するかもねー」
そう言って、ともちんは机に突っ伏す。
赤司君が苦戦。
ともちんの言葉に私は紫原君に追い込まれて変わってしまった赤司君を思い出していた。
たしかそれは、大会が終わったくらいの夏の時期だった。
それから今に至るまで赤司君は変わらない。
私は赤司君が前の赤司君に戻ってくれることをいつまでも夢見ている。
高校生になっても赤司君は全てに勝ち続けていられるのだろうか。
「ゆう、なんか顔色悪くない?さっき頭痛かったんだろ?」
ともちんは起き上がって私の顔を覗く。
私は体を一歩引くようにして答えた。
「え、ううん!そんなの全然平気だよ!」
嘘じゃない。
だって頭が痛いという方が嘘なのだから。
「でも毎回体育休んでるよね。体、大丈夫なの?」
「全然大丈夫だよ!もう、ともちんは心配性だな!あははは!」
「ほんとに大丈夫?ゆうは体育毎回休んでるし…」
今日のともちんはやっぱりちょっとおかしい。
どうして今日はそんなに私のことを聞いてくるのだろうか。
私は必死で頭を回転させて言い訳を考える。
「大丈夫だって!炎天下が苦手でさあー!私ってほらバスケ部のマネージャーだし!」
そう言ってへらへらしていた私はともちんの返答にフリーズする。
虚を突かれたようにポカーンとしてしまった。
「ゆうはそうやって、話さないことあるよね。いつも聞いてって言うけど自分から話したことなんてない」
どくん、と心臓が一際大きな音をたてた。
それを合図に鼓動がドッドッッドと早まっていく。
「そ…そんなの…ちゃんと話しているよ!いつもともちんに話してばっかりなのは私じゃない!!」
心臓が早鐘のように鳴り続けてもはや警報音だった。
息があがる。
心臓がばくばくうるさい。
やめて…やめて…それ以上なにも言わないで。
「ゆうが、そんなにむきになるのなんて初めて見た」
そう言ってともちんは笑った。
先程の緊張感はもうなくなっていた。
「ゆうが言いたいときに言えばいいさ」
うるさかった心臓が徐々に落ち着きを取り戻していく。
それはとても落ち着く言葉だった。
言いたいときに言えばいいというのは、いつでも聞いてくれるってこと。
ともちんになら話せるだろうか。
いずれにせよ大切な友達ができたら隠し通せないことはわかっていた。
体が弱いだなんて嘘を吐き続けることはできない。
「ともちん、今日の部活のあと一緒に帰らない?」
言いだせなかったのは友達にあるんじゃなくて自分自身にある。
そして、今言わなかったらずっと言えずにこの気持ちを抱えていくことになるだろう。
ともちんにはそんなことしたくないという気持ちの方が強かった。
「いいよ、ゆうが部活終わるの待ってるね」
「うん、じゃあまたあとでね」
ともちんに手を振って、私はいよいよ決心をしなければならなかった。
体育のノートをさっさと仕上げて、私も部活へ早く行かねば。