GARNETCROW『Holy ground』歌詞の意味を想像しよう

GARNETCROW『Holy ground』歌詞の意味を想像しよう

この曲の一番の謎を最初に提示しておきましょう。

それは、歌詞の中にある「聖地」とはどこなのか。

それを今回は想像していきたいと思います。

 

まず最初に、「聖地」とはどこなのか明らかにします。

それは、また愛すること。

そういう心の状態(聖地)へ辿りつこうという巡礼の旅。

 

この曲に漂う雰囲気は、大切なものを失った直後の、嘆き、怒り、ではない。

暗闇からかすかな光を見出して、一歩踏み出そうとする曲である。

 

まずは出だしから、「君」というものを失って、悲しみにくれている。

月明りを穏やかと感じられるということから、絶望の淵にいるのではなく、温かみを感じられる程度にはなっていることがうかがえる。

しかしまだ、体は病んでいて、とてもじゃないけど、動きだせそうな気はしない。

 

「病んだ体が昨日までの健康(しあわせ)を喜ぶなんてことしない」

 

風邪が治ったときに、健康を喜ぶことができる。

まだ風邪は治っていないともとれるし、「君」がいたしあわせな昨日までのことが、逆につらい、ともとれる秀逸な一節。

 

そして、最初に出てくる「聖地」は、与え続けることでしか満たされない場所。

それは無償の愛ともいうのではないかと。

なので、ここでいう「行き場をなくした情熱」というのは、愛する、という情熱なのではないかと思いました。

 

そして、2番へ続きます。

ちなみに2番がもっともすきなのですが、その一節がこちら。

 

「守るべきものを持たないなら何を祈ろうか」

 

耳慣れた話というのは、守るべきものがあることは大前提。

祈りとは、守るべきものがあるからの行為であり、それがない者にとっては、祈りなど無意味ということを痛感させられます。

失ってしまったつらさを、このように表すことに、感動しました。

 

そして、何も祈るものがないからこそ浮かんでくるのが、

 

「世界が優しい光にいつか包まれますように…」

 

皮肉なことに、世界が優しさで包まれるには、全人類から、大切なものが奪われ、悲しみもうすれ、怒りともならない、心にならないと、叶わない気さえします。

 

このあとの「なんて偽善者みたいな願い声にして本当に変わればいい」という歌詞では、やっつけにも感じますが、テーマは「聖地」なので、どちらかといえば、そんな事が叶えば、失ってしまったものが戻ってくることも叶うのではないかという儚さを感じます。

 

そして、もう一つすきなところ。

 

「優しい方へ倒れ込んでゆけるように」

 

立ち直る、元気になる、回復する、そういったことを、優しいと表現できてしまうところ!

優しい(ポジティブ)+倒れ込む(ネガティブ)の絶妙なアンバランスさ、こういうところにガーネットクロウがある気がします。

 

そして、最後の「聖地」は、いつかその足で歩いてゆける場所。

1番でもあった、行き場をなくした情熱と、2番のココロはイコールになっています。

なので、いつかまた愛することができるでしょうか、になるかと。

 

こうして書いてみると、Holy groundの良いところばかりで、「聖地」がどこなのか、はっきりとした根拠は分かりづらいですね。

とにかくHoly groundがすきすぎて、こんな感じで締めさせていただくこと、申し訳ございません。

 

また改めて、更新させていただきます(:_;)

 

※ガーネットクロウの歌詞は、その他の曲にも想像をふくらませています。

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