無痛分娩と悩んで、自然分娩を選んだ理由

無痛分娩と悩んで、自然分娩を選んだ理由

子どもは好きだけれど、お腹を痛めて生むほどじゃない。

でも、両親や、友だちが、みんなが、子どもをつくることを望んでいる。

そんな思いに勝手にせっつかれて、子どもをつくりました。

 

そんな消極的な理由で子どもをつくりましたが、子どもは好き。

なので今は、メロメロすぎて、毎日ほおずりしています。

 

もし、出産がこんなに恐ろしいものでなければ、もっと早く産んでた。

もし、出産がこんなに恐ろしいものでなければ、もっと気が楽だった。

 

それならなぜ、痛みがない、少ない、といわれる無痛分娩ではなく、

自然分娩で産んだのか。

 

その気持ちに至るまでには長い葛藤がありました。

病院を変えようと思ったこともありますし、出産が怖くて泣きついたこともありました。

 

そんな私を支えてくれたのは、家族はもちろんのことですが、

ネットなんです。

 

様々な意見や思いが綴られているネットに助けられました。

私もその一つを担えればと思い、こうしてしたためています。

 

さて、前置きはこれくらいにして、本題に入りたいと思います。

 

私がなぜ、無痛分娩ではなく、自然分娩を選んだか。

 

それには本当に様々な要因があります。

それを全て集めて天秤に乗せると、ほんのちょっと、ほんのちょっと、

自然分娩の方が重かった。というわけなんです。

 

その中でも、最も重さをかせいだものを最初に挙げます。

 

それは、子どもが頑張っているのに、私は頑張らなくて良いのか、ということ。

 

これには賛否両論の意見があります。

無痛分娩の人は頑張っていないのか、ということにも発展するでしょう。

しかし、これはとても大事なことなので、そうした意見に臆せず、

私はハッキリ申したいと思います。

 

子どもが頑張っているのに、私は頑張らなくて良いのか。

 

無痛分娩で産んだ人で、後悔していることはナニか、という記事を読みました。

それは出産を頑張れなかったこと。

出産差別があるということで、自然分娩ではなく、無痛分娩で産んだ人は、

肩身が狭いというものでした。

 

私は、自然分娩も、無痛分娩も、賛成です。

無痛分娩で産んだ人が、頑張っていないなど微塵も思いません。

なぜなら、みおもの体、つわり、など、出産だけが大変なことではないからです。

これから育児だってありますしね。

 

しかし、生まれてくる子どもが頑張っているのに、私は頑張らなくて良いのか。

 

という思いを抱いてしまうことは、また別問題でありまして、

これはもう個人の価値観、個人の思いということになります。

 

無痛分娩が栄えている国、フランスでは、

無痛分娩で産むことはもはや当たり前で、自然分娩で産むなんて、なぜ?

出産で体力を使い切って、その後すぐの授乳はどうするの?

という考えです。

これもまた正論で、本当にその通りだと思います。

 

しかし、何度も申すように、

生まれてくる子どもが頑張っているのに、私は頑張らなくて良いのか。

 

これはもうトゲのように、私の胸をチクチクさせ続けていました。

やっぱり、無痛分娩にしようか、いや、せめて、無痛分娩と自然分娩のどちらもできるような病院に変えようか。

そう思うたびに、胸がチクチクと痛かったです。

 

そして、ある思いに到達したんです。

もし、このまま無痛分娩で産んだら、あるいは、どちらでもできる病院に変えたら、きっと、無痛分娩を選んでしまう。

そしたら、私はきっと、あの記事と同じように、無痛分娩で産んだことを後悔する人になるだろう、と。

 

これは無痛分娩がわるいのではなく、心にトゲを抱えながら、その思いと正反対のことをしてしまうから、あの時やっぱり、トゲを取っておけば良かったと後悔してしまうんです。

 

無痛分娩で産んだとしても、出産の後に体力が必要だからね、とか、この科学の時代に、わざわざ痛い思いをする必要なんてない、と胸を張れたら、無痛分娩を選んでいました。

 

でも無痛分娩を選んだ私を想像したら、とても胸を張れなかった。

それどころか、あぁ、また私は逃げてしまった。弱い人間なんだ。と思ってしまう。

それなら、一念発起して、自然分娩で頑張ってみよう、同じ女性が自然分娩で生めているんだもの、私のなかの女性の出産パワーも同じようにあるはずだと信じました。

 

これが、私の大部分をしめていたトゲです。

そして小さく、お金がかかる、医療事故の可能性、どんな痛みなのかという1mmくらいの好奇心、親が無痛分娩を反対するから、というものが積み重なり、ほんの少し天秤が自然分娩に傾いたのでした。

 

悩んで悩んで考え抜き、この答えに決めたからには、

自然分娩で頑張って生もう!というプラスの気持ちが生まれました。

 

そのプラスの気持ちを支えてくれたのが、ソフロロジーなるものでした。

 

自然分娩でもせめて痛くならないように工夫しよう、努力しよう、

と思い、ソフロロジーにふれました。

(※ソフロロジーは痛くしないものではなく、痛みを受け入れる考えです。ソフロロジーについての記事はこちら

 

子どもが生まれて、5か月になる今、友だちに出産のことを話すとき、

トゲが引っかかることなく話せるのは、本当に良かったと思っています。

 

自然分娩、無痛分娩、どちらが本当に、自分にとって良いのか、

心にトゲが残らない方を選んで、素晴らしかったと思えるような出産になることを、願っております。